第三十五段

原文

手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし。「見苦し」とて、人に書かするはうるさし。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-04-29

字が下手な人が、それを気に病むことなく自分で手紙を多く書くのは良いことである。「見苦しいから」と言って他人に代筆させるのは、かえって不快なものである。

コメント

物事が上手くできなくても、できないからと言って人に任せて自分はあぐらをかくのではなく、できないなりに自分でやるのが良いと兼好法師は言っています。

これは「下手でも良いから何でも自分でやれ」という主張も入っているとは思いますが、その主張よりも、人間の心構えとして「できないからといって人に任せて自らは何も努力しないのではなく、下手でもいいから自分でこなそうとする意識を持て」という主張が強いように思います。たとえ上手くできなくても自分でそれを実行しようとし、上手くなろうと努力する心構えを持つべきということなのでしょう。

更に言えば、兼好法師は「字」を題材に挙げていますが、字に関して言えば上手くても下手でも、伝われば良いわけです。たとえ字が下手であっても伝わるのであれば実用性は満たせていることになりますから、ことさらに字が下手であることに対して恥じる必要も気に病む必要もないし、どんどん書けば良い。字を上手く書くことによって自分をよりよく見せようとするような虚栄心は不要だ、ということでしょう。第十段第十八段で述べられているように、華美なものを求めず実用性重視の兼好法師らしい主張であると思います。

これは現代人にも通じる教訓であり、上手くできないからといって尻込みしているようではスキルや経験は得られません。なんでもやってみることが大事ということなのでしょうね。