第三十六段

原文

「久しく訪れぬころ、『いかばかり恨むらん』と、わが怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、女のかたより、『仕丁やある。一人』など、言ひおこせたるこそ、ありがたく嬉しけれ。さる心ざましたる人ぞよき」と、人の申し侍りし、さもあるべきことなり。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-05-03

「ある女性のところへ久しく訪問しておらず、『私のことをどれほど恨んでいるだろうか』と自分の不義理が思い知らされ、申し訳なくて言葉も出ない心地でいる時に、女の方から『仕丁(しちょう=雑用係の従者)はいますか。一人貸してほしいのですが』などと、何気ない用件を言ってくるのは、めったにないほど嬉しく、ありがたいことである。そのような性格の女性こそが良いものだ」と、ある人が言っていたが、実にもっともなことである。

コメント

かつて良い仲だった女性のことを最近は気にかけられていない場合、男性側には気まずさがあるので女性のほうから何気なく連絡してくれると嬉しい、また訪問していないことを根に持たずにさっぱりとした性格の女性が良い、というようなことが書いてあると思います。

この当時の風習である「通い婚」への理解がないとこの段の意味は伝わりづらいと思うのですが、要は男性から女性を訪問することが愛の証のようなものなのでしょう。あまり訪問されなくなった女性というのは、相手の男性に他の懇意の女性ができたことを意味しますので、恨み言の一つでも言いたくなるものです。ですがそういった気持ちにならず、あるいはそういった気持ちを抑え込んで、男性にとって反応のしやすい実務的な連絡をくれるような女性が望ましいということですね。

第九段でも述べられていましたが、女性の愛というのは非常に深いものなのでしょう。一方で女性にとってはその愛の深さに溺れてしまい、関係を壊してしまうこともあるのではないかと思います。兼好法師が述べている通り、恋愛感情をコントロールし、双方にとって心地よい距離感を保つ術を持っている女性こそが素晴らしいということなのかもしれません。