第八段

原文

世の人の心まどはすこと、色欲にはしかず。

人の心はおろかなるものかな。匂ひなどは仮のものなるに、「しばらく衣裳に薫き物す」と知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心どきめきするものなり。久米の仙人の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、通を失ひけんは、まことに、手・足・肌(はだへ)などの清らに、肥えあぶらづきたらんは、ほかの色ならねば、さもあらんかし。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-02-16

世の中の人々の心を迷わせるものとして、色欲に勝るものはない。

人の心というものは愚かなものである。香りとは一時的なものであり、「ほんのしばらくの間、衣装に焚きしめたものに過ぎない」と理屈では分かっていても、素晴らしい香りに対しては、必ず心がときめいてしまうものである。

久米の仙人が、川で洗濯をしている女の脛(すね)の白さを見て神通力を失ったという話も、もっともなことだ。本当に、手足や肌が清らかで、かつふっくらと肉付きが良いのは、他ならぬ肉体的な魅力そのものであるから、そのように神通力を失うほど心動かされるのも当然のことである。

コメント

異性の魅力の誘惑、危険性について説いた段だと思います。兼好法師は仏門に入り出家しているので、欲を絶つことを良しとする立場に立っていることを念頭に置いて読む必要がありますが、要するに「普通にしていると異性の魅力には勝てない」「異性に惑わされないようにしなければならない」ということを説いていると思います。

第三段などでは、男女の恋愛についてある程度理解があるべきと説いています。ですので恋愛そのものが悪いと言っているのではなく、何事も自己管理、自制をして、色欲におぼれないよう気をつけるべし、と兼好法師は仰っているのだと私は受け取りました。

ところで前半の「匂ひなどは仮のものなるに、…」という部分は、明らかに異性の魅力の比喩でもあると私は解釈しました。つまり異性の魅力とは、香りのように一時的、かりそめのものであり若い頃にだけ周囲に振りまかれるものであるが、人はどうしてもその魅力に抗うことができず心をどぎまぎさせてしまうものである、と言っているのだと考えました。

しかしながらこの部分は物理的な香りのことを述べているのだという解釈のほうが優勢というか、それが一般的な解釈のようですね。