第三十三段
原文
今の内裏作り出だされて、有職(いうそく)の人々に見せられけるに、「いづくも難なし」とて、すでに遷幸の日近くなりけるに、玄輝門院御覧じて、「閑院殿の櫛形(くしがた)の穴は、まろく、縁(ふち)もなくてぞありし」と仰せられける、いみじかりけり。
これは葉(えう)の入りて、木にて縁をしたりければ、誤りにて直されにけり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-04-29)
今の内裏が新築され、有職の故実に詳しい人々に見せたところ、「どこにも欠点はない」ということで、すでに天皇のお引越し(遷幸)の日も近くなっていた。その時、玄輝門院(げんきもんいん)がご覧になって、「(かつての)閑院殿(かんいんどの)の櫛形の穴は、丸くて縁(ふち)もなかった」とおっしゃったが、これは実に見事な指摘であった。
今回の建設では、装飾的な葉の彫り物が入り、木で縁取りがされていたが、それは誤りであったため、作り直されることになった。
コメント
これは第二十三段などと同じく、懐古的に過去の風習を美化する内容の段でしょうね。
兼好法師は過去の風習に結構こだわるというか、割と過去の風習を守ることに固執しているところがあるように思います。過去に兼好法師が役人であったことも関係しているかもしれませんし、この時代であれば過去の風習を守ることこそが全てだったのかもしれませんが、現代の眼から見ると少し過去にこだわりすぎているように思いますね。
他のことには結構柔軟な思考を見せている兼好法師も、過去に自分が取り組んできたことが次の世代に引き継がれないことには忸怩たる想いがあったのかもしれません。逆に言えば、現代に生きる我々への教訓としては、どれだけ過去に作り上げてきたことであっても、手放す勇気を持つべきということが兼好法師を反面教師として言えるのではないかと思います。