第二十三段

原文

おとろへたる末の世とはいへど、なほ、九重の神さびたるありさまこそ、世づかず、めでたきものなれ。

露台(ろだい)・朝餉(あさがれひ)・何殿(なにでん)・何門(なにもん)などは、いみじとも聞こゆべし。あやしの所にもありぬべき、小蔀(こじとみ)・小板敷(こいたじき)・高遣戸(たかやりど)なども、めでたくこそ聞こゆれ。

「陣に夜の設(まうけ)せよ」と言ふこそ、いみじけれ。夜の御殿のをば、「かいともし、とうよ」など言ふ、まためでたし。上卿の陣にて、こと行へるさまはさらなり。諸司の下人どもの、したり顔に慣れたるもをかし。さばかり寒き夜もすがら、ここかしこに睡(ねぶ)り居たるこそ、おかしけれ。

「内侍所の御鈴の音は、めでたく、優なるものなり」とぞ、徳大寺太政大臣は仰せられける。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-03-26

世も末(注1)となり、混乱の多い時代ではあるが、やはり、宮中の古雅で神々しい様子は、俗世離れしており、素晴らしいものである。

露台(ろだい)、朝餉(あさがれひ)、何殿、何門といった呼称は、たいそう立派に聞こえる。卑俗な場所にもありそうな小蔀(こじとみ)、小板敷(こいたじき)、高遣戸(たかやりど)なども、宮中の設備として聞くと格別に立派に感じられる。

「陣に夜の準備をせよ」という号令こそ、素晴らしい。夜の御殿で「灯火を用意し、灯せ」などと言うのも、また素晴らしい。上卿が陣において政務を執り行っている様子は言うまでもない。諸官司の下人たちが、得意げな顔をして宮中の作法に慣れているのも趣深い。あれほど寒い中、夜通しあちこちで居眠りをしているのも、また趣深いものである。

「内侍所(ないしどころ)の御鈴の音は、素晴らしく、優雅なものである」と、徳大寺太政大臣はおっしゃった。

注1:「世も末」という言葉は現代でも聞かれますが、元々の起源は「末法思想」というものです。末法思想とは、仏教の創始者である釈迦が述べたとされ、仏教の起こりからしばらくは悟りを開くことが時代である正法時代が続くけれども、その次には仏教の教えが行われても外見だけが修行者に似るだけの時代である像法時代となり、最終的には釈迦の本来の教えが何であったかが分からなくなり正法が失われる時代である末法時代が来るというものです。末法の時代では道徳が崩壊し世が乱れるとされており、そのような混乱の時代のことを末法を指して「世も末」と表現しています。

この末法時代がいつからなのかということに対して様々な議論が繰り広げられたようですが、日本においては1052年からが末法時代であるという説が有力となりました。つまり兼好法師の生きた時代は既に末法の時代であり、仏教が忘れられ世が混乱する時代であり、そのような世の中を憂いを込めて「末の世」と表現していると考えられます。

コメント

こちらの段も、一つ前の第二十二段第十四段で述べられたことの繰り返しのように思います。特に新たに述べることはないですが、単に雅な宮中のことだけをすばらしいと述べるのではなく、下人が居眠りをしているのを「けしからん」ではなく「おかし」と表現しているあたり、兼好法師の人間への愛が感じられて良いですね。