第九十九段
原文
堀河相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好み給ひけり。
御子基俊卿を大理になして、庁務行はれけるに、「庁屋の唐櫃(からびつ)見苦し」とて、めでたく作り改めらるべきよし、仰せられけるに、この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めを知らず。数百年を経たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められがたきよし、故実の諸官ら申しければ、そのことやみにけり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-09)
堀河相国(ほりかわしょうこく)は、美男で余裕のある人であって、これといった理由もなく贅沢を好みなさった。御子(実子)の基俊卿を大理(検非違使庁の長官)に任じて、政務を執り行わせなさったところ、「庁屋(役所の建物)の唐櫃(からびつ、蓋付きの木箱)が見苦しい」と言って、立派に作り改めるべきだと仰せになったが、この唐櫃は、大昔から伝わっていて、その起源は誰も知らない。数百年を経ている。代々伝わる公の物は、古びていることをもって手本とする。容易には改めがたい旨を、先例のしきたりに通じた役人たちが申し上げたので、その話は取りやめになった。
コメント
何でもかんでも新しく美しいものが良いのではなく、古く見苦しくとも、長い歴史の中で受け継がれてきたしきたりのあるものが良いこともあるということを述べています。
現代では、科学の進歩によって便利なツールがどんどん産まれていて、それらを上手く使っていかに仕事の仕方を変えていくかということが、生産性向上のために必要とされています。DXなどと呼ばれている取り組みもその文脈での取り組みですし、私自身も仕事ではそのような活動を推進しています。
DXのような、「古い仕事の仕方を見直す活動」のなかで、様々な古いルールや起源の分からない仕組みに出くわすことがあります。そのような場合は、できるだけそういった古いルールが制定された経緯を調べ、本質的に大事なことを抽出し、新しい仕組みの中でもその要素が無くならないよう工夫したりします。
鎌倉時代の、技術の進歩が緩やかだった時代背景から、兼好法師は「古くしきたりのあるものほど良い」という論調の主張をいくつか行っていますが、ここは現代的に解釈し、「時代に合わせて仕事の仕方は変えるべきだが、本質は変えてはならない」というような教訓として受け取っておきたいと私は考えます。