第九十四段
原文
常磐井相国(ときはゐのしやうこく)、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面(ほくめん)あひ奉りて、馬より下りたりけるを、相国、後に、「北面なにがしは、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか君に仕(つか)うまつり候ふべき」と申されければ、北面を放たれにけり。
「勅書を馬の上ながら、ささげて見せ奉るべし。下るべからず」とぞ。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-05)
常磐井相国(ときわいのしやうこく、西園寺実兼〈さいおんじさねかね〉のこと)が勤め場に出勤している途中、勅書(天皇が発した文書)を携えていた北面の武士(院の御所を警護する武士)が、相国とすれ違う際に敬意を表して馬から下りた。相国は後になって、「北面のあの武士は、勅書を持っているにも関わらず下馬した者である。このような者が、どうして主君にお仕え申し上げることができようか」と申されたので、その北面の武士は解任されてしまった。
「勅書は馬の上に乗ったままで、ささげて拝見させ申し上げるべきである。下馬してはならない」ということだ。
コメント
天皇の文書を持つ部下の礼儀について記載した段です。
序列としては、天皇>相国>北面の武士、という関係になるのでしょうが、北面の武士は天皇の勅書を持っているので、その権威を表して、その時に限っては北面の武士は相国に対して下馬する必要はない。下馬してしまった北面の武士は、天皇の勅書の威厳を理解していなかったということだ。こういうことですね。