第九十段

原文

大納言法印の召し使ひし乙鶴丸(おとづるまる)、やすら殿といふ者を知りて、常に行き通ひしに、ある時、出でて帰り来たるを、法印、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿のがり、まかりて候ふ」と言ふ。

「そのやすら殿は、男か法師か」と、また問はれて、袖かき合はせて、「いかが候ふらん。頭(かしら)をば見候はず」と答へ申しき。

などか、頭ばかりの見えざりけん。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-01

大納言法印(だいなごんほういん、大納言の位を持つ法印〈僧の最高位〉)に召し使われていた乙鶴丸(おとづるまる、法印に仕える稚児)は、「やすら殿」という者と知り合いになり、いつも行き来していた。ある時、乙鶴丸が外出して帰ってきたのを、法印が「どこへ行っていたのか」と尋ねたところ、「やすら殿のところへ参っておりました」と言う。

「そのやすら殿は、男か法師か」と、また尋ねられて、袖をかき合わせて、「さあ、どうでしょう。頭は見ておりません」と申し上げた。

どうして、頭だけが見えなかったのだろうか。

コメント

この段は、ざっと読んだだけでは面白さがまったく分からないですね。色々と調べてみると、当時の時代背景を知らないと内容がよく分からない段のようでした。

当時の寺院では、僧侶に仕える稚児(ちご)と主人との男色関係(衆道)がごく普通に存在したようです。乙鶴丸は法印に仕える稚児であり、「やすら殿」の素性は分かりませんが、少なくとも法印の「男か法師か」という問い自体が、最初から女性という選択肢を排除していますので、男性であると思われます。この段の解釈は色々とあるようですが、乙鶴丸と「やすら殿」は男色関係にあったと解釈することが自然です。少なくともこの時代背景でこの状況では「男色関係にあることが当然疑われる」という前提知識を持って読むべき内容です。そうでなければ、この段の面白さは分かりません。

乙鶴丸が法印に「やすら殿のところに行っていた」と答えた時点で、法印も、兼好法師も、読者も、「これは怪しいな」という目で乙鶴丸を見ていることになります。最終的に、乙鶴丸は親しく行き来していた相手なのに「頭は見ておりません」と答えますが、これはさすがに苦しい言い訳で、袖で身を隠す仕草がかえって図星であることを物語っています。

時代背景を踏まえたうえにはなりますが、当時の風習の可笑しみを現代に伝える段ですね。