第八十四段
原文
法顕三蔵(ほつけんさんんざう)の、天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願ひ給ひけることを聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ、こころ弱き気色を人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、弘融僧都、「優(いう)に情けありける三蔵なか」と言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくく思えしか。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-08-26)
法顕三蔵(ほっけんさんぞう、中国東晋の僧。仏典を求めてインドへ渡った)が、天竺(インド)に渡って、故郷の扇を見ては悲しみ、病に臥せっては漢(中国)の食べ物を欲しがりなさったということを聞いて、ある人が「あれほどの人が、まったく心弱い様子を異国でお見せになったものだ」と言ったところ、弘融僧都(こうゆうそうず、兼好と親交のあった僧)が、「実に心打たれるほど情け深い三蔵だなあ」と言ったのは、僧らしくなく、感心な発言だと思われたことだ。
コメント
法顕三蔵という高名な法師の逸話が語られていますね。ちなみに西遊記で知られる玄奘三蔵とは別人のようです。
法顕三蔵は外国に渡った後、故郷の食べ物が恋しかったとのこと。そのぐらいのほうが人間臭さが見えて良い、ということですね。あまりいつも強い人間を演じてるよりも、生身の人間としての自分の弱みや情けを表に出したほうが、周囲から愛される隙ができて良いということを兼好法師は言っているのではないかと解釈しました。