第八十三段

原文

竹林院入道左大臣殿、太政大臣にあがり給はんに、なにのとどこほりかおはせんなれども、「珍しげなし。一上(いちのかみ)にてやみなん」とて、出家し給ひにけり。

洞院左大臣殿、このことを甘心(かんしん)し給ひて、相国の望みおはせざりけり。

「亢竜の悔いあり」とかやいふこと侍るなり。月、満ちては欠け、もの、盛りにしては衰ふ。よろづのこと、先のつまりたるは、破に近き道なり。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-08-25

竹林院入道左大臣殿(ちくりんいんにゅうどうさだいじんどの)が、太政大臣(だいじょうだいじん)に昇られるのに、何の差し支えもおありでなかったであろうが、「太政大臣で出世が終わるのであれば、特に珍しくも面白くもない。一上(いちのかみ、左大臣の別称)のままで終わろう」といって、出家なさってしまった。

洞院左大臣殿(とういんさだいじんどの)は、このことに深く感心なさって、相国(しょうこく、太政大臣のこと)への望みをお持ちにならなかった。

「亢竜(こうりゅう、天に昇りつめた竜)の悔いあり」などという言葉がある。月は満ちては欠け、物は盛んになっては衰える。あらゆることについて、先が極まっている、つまり行き着くところまで達していてこれ以上伸びる余地がないのは、破滅に近い道である。

コメント

出世を例にして、「先が見えている」ことのつまらなさ、もっと言えば絶望、を示した段です。

ある貴族が、太政大臣に出世できる地位や実力があるにも関わらず、太政大臣まで出世しても特に意味は無く、珍しくも面白くもないことを予感して、出家、つまりドロップアウトしてしまったということが語られます。更にそのエピソードを聞いた他の貴族も太政大臣になることを望まなかった、という内容です。

最終的な結びは、「亢竜の悔いあり」という言葉や月の満ち欠けを引き合いに出して、何事もいつかは衰えるものであり、それが分かってしまうことは破滅に近い。人間は必ず老い、死ぬものであり、この運命は変えられない。つまり人間の一生とは、破滅に向かっているということだと兼好法師は述べています。

この段だけだと悲壮感の漂う結論になりますが、第七段第四十九段など、この世は無常だからこそ趣があり、だからこそやりたいことがあればそれに邁進すべきだという意見もあり、無常を受け止めた上で生をどう生きるかということを兼好法師は考えていたのだと私は推測します。