第七十八段
原文
今様(いまやう)のことどもの珍しきを、言ひ広めもてなすこそ、またうけられね。世に、こと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。
いまさらの人などのある時、ここもとに言ひつけたることぐさ、物の名など、心得たる同志(どち)、かたはし言ひかはし、目見合せ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はすること、世なれず、よからぬ人の、必ずあることなり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-08-20)
流行している物事を珍しく思って、言いふらし、周囲でこぞって話題にしようとするのも、また感心できないことだ。世間で流行した物事が飽きられ誰も話題にしなくなった頃まで知らずにいるような流行に疎い人は、かえって良い心がけをしていると思うものである。
仲間に加わったばかりの人などがいる時に、最近仲間内で使われるようになった言葉や物の名前などを、わかっている者同士だけで話の一部だけを言い交わし、目を見合わせて笑ったりして、わけの分からない人に居心地の悪い思いをさせる人がいる。これは世慣れておらず、感心しない人には必ずあることである。
コメント
第七十七段に引き続き、流行の話題に関する内容を述べた段です。第七十七段の繰り返しになりますが、流行の話題や噂話をすることはとても感心できる行いではなく、むしろ物事が飽きられるまで知らないような人のほうが感心させられるということを兼好法師は書いています。
後段の、「目見合せ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はする」のくだりは、現代でもよくあることですね。その場でしか通じない言葉を作って、仲間に入ったばかりの人にその言葉が通じない状態で、仲間内だけで情報交換をしたりして面白がるのは、それはそれで楽しいことなのかもしれません。ただそれを兼好法師は「世なれず、よからぬ人」の行為だと手厳しく批判しています。
流行に乗せられず、また自分からも流行を作ったりすることなく過ごすのが良いということでしょう。