第六十三段

原文

後七日の阿闍梨、武者を集むること、いつとかや、盗人にあひにけるより、宿直人(とのゐびと)とて、かくことことしくなりにけり。

一年の相は、この修中のありさまにこそ見ゆなれば、兵を用ゐんこと、穏かならぬことなり。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-07-28

後七日の阿闍梨(ごしちにちのあじゃり、正月八日から七日間宮中で行われる後七日御修法を勤める阿闍梨)が武士を集めるようになったのは、いつの頃のことだったか、盗賊に襲われたことがきっかけで、「宿直人(とのいびと)」と称して、このように大げさなことになってしまった。

その年の吉凶は、この修法の期間中の様子にこそ表れるというのだから、武力を用いるということは、穏やかでないことである。

コメント

後七日の阿闍梨という年次の行事の際に、いつのことからか武士の護衛を付けたという話ですね。この段の内容をそのまま受け取れば、ある出来事を機に物々しく大げさになってしまった行事の経緯と、平和を願う行事の場に武力を用いなければならない矛盾に対して、兼好法師として思うところがあったという内容になります。

その上で、そもそも武士をその場に従わせていること自体が、穏やかでない事態を想定していることになります。その滑稽さというか、悪い出来事を想定しつつも行事を行おうとする人間の業のようなものに対して、少し兼好法師なりの皮肉が見え隠れするように思います。