第六十二段
原文
延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、「御ことづて」とて、申させ給ひける御歌。
ふたつ文字牛の角(つの)文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる
「こいしく」思ひ参らせ給ふとなり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-07-22)
延政門院(えんせいもんいん、後嵯峨天皇の皇女)が、まだ幼くていらっしゃった時、院(後嵯峨院の御所)へ参上する人に、「御ことづて(お言づて)」として申し上げさせなさったお歌。
ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる
※「ふたつ文字」は「こ」、「牛の角文字」は「い」、「すぐな文字」は「し」、「ゆがみ文字」は「く」を指し、合わせて「こいしく」となる、暗号のような遊びを与えた歌である。
「恋しくお慕い申し上げております」とお思い申し上げなさっているとのことである。
コメント
第六十一段に引き続き、兼好法師の覚え書きのような段です。当時の皇族の幼い女性の、いじらしく可愛らしい歌を取り上げたものですね。
ひらがなを「〇〇文字」と形を言葉で表現し、解くと「こいしく」という文字が浮かび上がるという、なんとも遊び心に満ちた歌です。幼い女性の遊び心、いたずら心のようなものが伝わるようです。兼好法師もこの歌と幼い女性の可愛らしい想いに感銘を受けたので、書き残しておいたのだと想像されます。