第六十一段
原文
御産(ごさん)の時、甑(こしき)落すことは、定まれることにはあらず。御胞衣(おんえな)とどこほるときのまじなひなり。とどこほらせ給はねば、このことなし。
下ざまよりことおこりて、させる本説なし。大原の里の甑を召すなり。古き宝蔵の絵に、賤しき人の子産みたる所に、甑落したるを書きたり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-07-22)
ご出産の際に甑(こしき、米などを蒸す器)を(屋根から)落とすことは、必ず定まった作法というわけではない。御胞衣(おんえな、後産、胎盤)がなかなか出てこないときのまじないである。すぐ出てくるようなら、この作法は行わない。
身分の低い者たちの間から始まったことで、これといった出典はない。大原の里の甑を取り寄せるのである。古い宝蔵の絵に、身分の低い者が子を産んでいる場面で、甑を落としているところが描かれている。
コメント
この段は兼好法師の覚え書きのような段ですね。もとは身分の低い者の間で始まった、格別の根拠も出典もない風習が、いつしか上流階級である宮中の出産儀礼にまで取り入れられていたことを記録した段だと思われます。