第五十五段
原文
家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑きころ悪(わろ)き住居(すまひ)は耐へがたきことなり。深き水は凉しげなし。浅くて流れたる、はるかに凉し。
細かなるものを見るに、遣戸(やりど)は蔀(しとみ)の間よりも明かし。天井の高きは、冬寒く、灯暗し。
造作は用なき所を作りたる。見るも面白く、よろづの用にも立ちてよしとぞ、人の定めあひ侍りし。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-06-28)
家の造り方は、夏に快適に過ごせることを主に考えるべきである。冬はどのような場所でも住むことができる。暑い時期に住み心地の悪い家は、耐え難いものである。深い水は涼しそうに見えない。浅くて流れている水のほうが、はるかに涼しく感じる。
細かなことで言えば、引き戸(遣戸)は、格子状の板戸(蔀)の間よりも部屋が明るくなる。天井が高いと、冬は寒く、灯火も暗くなる。
家の造りは、一見用途のなさそうな余白の空間を設けたものが、見ても趣があり、あらゆることに役立って良いと、人々が語り合っていた。
コメント
冒頭の「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなるところにも住まる」の部分は何となく知っていたフレーズですが、徒然草が元ネタだったんですね。
冬はどこでも住めるというのは、要するに「寒ければ服を着ればよいが暑さは服で調節できない」というような考え方が主になっていると推測します。寒ければ焚火などでしのぐこともできるが、暑さは防ぎようがないということでしょう。
日本家屋は木で作られ風通しがよく、その分冬は隙間風で寒さが厳しいことが多いように思いますが、兼好法師の主張と似たような感覚を日本人は皆感じていて、夏に過ごしやすい家を常に模索していたのかもしれません。一方でヨーロッパなどではレンガ造りに暖炉など寒さをしのぐことを主とした家が多いように思います。平均気温や湿度の違いなどの環境面の要素が大きいと思いますが、両者の何かの考え方の違いを表しているとしたら興味深いですね。
後半の、「用なき所を作りたる」のあたりも興味深いですね。何の用途も定めない領域を作っておくほうが後に便利であるということですね。空間や時間において、空白の領域というものが結構重要だという示唆を感じます。