第五十一段
原文
亀山殿の御池に、大井川の水をまかせられんとて、大井の土民に仰せて、水車を作らせられけり。
多くの銭(あし)を給ひて、数日に営み出だして、かけたりけるに、おほかた廻(めぐ)らざり
ければ、とかく直しけれども、つひに回らで、いたづらに立てりけり。
さて、宇治の里人を召して、こしらへさせければ、やすらかにゆひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、水を汲み入るることめでたかりけり。
よろづに、その道を知れる者は、やんごとなきものなり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-06-09)
亀山殿(かめやまどの:亀山天皇の建てた離宮、現在の京都市右京区嵯峨野)の庭の池に大井川の水を引き入れようとして、大井の村人たちに命じて水車を作らせた。多くの金銭を与えて、数日かけて作り上げ、取り付けてみたところ、ほとんど回らなかった。あれこれと直してみたが、ついに回ることはなく、むなしく立っているだけであった。
そこで宇治の里人(水車に熟練した職人)を呼んで作らせてみたところ、たやすく組み上げて納めてきたのだが、思いどおりに回って、水を汲み入れる様子が見事であった。
何事においても、その道に通じた者というのは、本当に尊いかけがえのないものである。
コメント
その道に熟練した者の力量は素晴らしいということを語っている段であると思います。
これは何かの分野で上級者になったことがある方なら分かることですが、その分野の熟練者というのは素人が伺い知れないほどの力量を持っており、素人が一朝一夕で追いつくことはとてもできないものです。今回の段では、大井の土民が金銭を与えられて恐らく経験の無い水車を作ったことが述べられていますが、結局それでは上手くいかず、宇治の熟練者に頼んだところ簡単にできてしまった。熟練者の技能とは尊いものであると最大限の賛辞を贈っています。
ダニング=クルーガー効果で有名な「知識を少し持っている状態が一番自信過剰である」という状態があります。もしかすると、今回の依頼をした側は少し知識を得て、水車は誰でも作れるものだとどこか水車作りを甘く見ていたのではないでしょうか。知識を得ると、特に初期は何でもできるような気になるものですが、驕らず高ぶらず、謙虚にその道の熟練者に教えを乞いながら熟達していくのが今も昔も最も近道なのかもしれません。