第五段

原文

不幸に愁へに沈める人の、頭(かしら)おろしなど、ふつつかに思ひ取りたるにはあらで、あるかなきかに門さしこめて、待つこともなく明かし暮らしたる、さるかたにあらまほし。

顕基中納言の言ひけん、配所の月罪なくて見んこと、さも思えぬべし。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-02-10

不幸に沈んでいる人が、出家して剃髪するといったような急激で極端な決心をするのではなく、ひっそりと家の扉を閉めて、自分の存在が世にないかのように日々を過ごしている様子は、それはそれでこうありたいと思うような理想像のひとつである。

顕基中納言(源顕基)が言ったという、「無実の罪で流罪となり、静かな生活の中で月を見たいものだ」という言葉は、もっともなことだと思われる。

コメント

まず前半は、「何かあったからといって急に出家するような極端な行動に出ないように」という戒めが一点。そして二点目は、「居るか居ないかわからないように暮らす」というのが隠遁生活の理想像であると述べているように思います。ですが、後半の源顕基を引いた行とのつながりが見えづらいです。この部分の解釈はどうやら様々な方を悩ませてきたようですが、一応、個人的に解釈を試みてみます。

源顕基は、平安時代の非常に優秀な官僚であった方のようです。同時に非常に風流な、芸術を愛する方であったようで、日ごろから「咎なくて流罪とせられて、配所にて月を見ばや(無実の罪で流罪となり、流罪先で月を見たいものだ)」と語っていたということです。

ここが更に難しいところのようなのですが、当時の上流階級の貴族にとって「配所の月」は文学上の最高峰のテーマであったようで、つまり源顕基は、実際には起こり得ないけれども、何かの拍子に冤罪でどこかに飛ばされて、「配所の月」を経験できるような事態にならないものか、なってほしい、という願望があったということのようです。

ここからさらに想像を膨らませて、もしかすると源顕基は非常に優秀な官僚であった故に非常に多忙な毎日を送っていたのではないか、そこから抜け出して風流一辺倒の生活をしてみたいと思っていたのではないか。台詞調にしてみると、「仕事が忙しすぎて芸術をのんびり楽しむ余裕が無いから、無罪の罪で悲劇のヒーローのような形でどこかに飛ばされて、のんびりと月を見ながら暮らす生活にもあこがれるなあ」そんな願望があったのではないか。少なくとも、兼好法師はそう解釈していたのではないか。

そう考えると前半部分との繋がりも見えてくるもので、源顕基が「咎なくて流罪とせられて、配所にて月を見ばや」と語ったのは、兼好自身が思い描く理想の隠遁生活である前段の「居るか居ないかわからないように暮らすのが良い」と合致するものだとして「さも思えぬべし」と書いたのではないか。個人的にはこういった解釈で前後の繋がりを解釈しました。