第四十段

原文

因幡国に、何の入道とかやいふ者の娘、形良しと聞きて、人あまた言ひわたりけれども、この娘、ただ栗をのみ食ひて、さらに米(よね)の類(たぐひ)を食はざりければ、「かかる異様(ことやう)の者、人に見ゆべきにあらず」とて、親、許さざりけり。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-05-11

因幡の国(現在の鳥取県)に、ある入道の娘がいた。容姿が優れていると聞いて、多くの人が求婚したが、この娘はただ栗ばかりを食べて、米の類さえ食べなかったので、「このような普通の人とは違う者は、他人に嫁がせるわけにはいかない」と言って、親は結婚を許さなかった。

コメント

人と同じ振る舞いをしていることが、良くも悪くも人の中で生きていくためには必要だ、という意味の段でしょうか。

入道というのは仏門に入った者を指すようですが、この場合は家督を譲った後に自宅で修行する「在家の出家者」を意味するようです。仏門に入るにはある程度の金銭的余裕が必要ですので、この段に関して言えば「地方の有力者」であることを暗に示しているという程度の働きでしょう。この時代に限らず近世に至るまで、日本では米の類と表現されている五穀(米を加えた麦、粟など)が主食だったようなので、これを食べなかったということは明らかに他者と異なり、異常性を示しているとみなされたのだと思います。

入道の実家はある程度の裕福さがあったと思われるので栗ばかりを食べていくこともできたと思われますが、市政の暮らしではそんな生活はできず、容易に手に入る米の類を食べることが求められますし、それらを食べないことで周囲から様々な軋轢を受けることでしょう。人の中で生きるには、ある程度周囲と折り合いをつけることも必要だということを言っているのだと思います。