第三十九段
原文
ある人、法然上人に、「念仏の時、睡(ねぶ)りにをかされて、行を怠り侍ること、いかがして、この障(さは)りを止(や)め侍らん」と申しければ、「目の覚めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける。いと貴かりけり。
また、「往生は、一定と思へば一定、不定と思へば不定なり」と言はれけり。これも貴し。
また、「疑ひながらも念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた貴し。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-05-08)
ある人が法然上人(浄土宗の開祖)に、「念仏を唱えている時に眠気に襲われて、修行を怠ってしまいます。どうすればこの妨げをなくすことができるでしょうか」と申し上げた。すると法然上人は、「目が覚めている間に念仏をなさい」とお答えになった。実に尊いことである。
また法然上人は、「死後に極楽浄土へ生まれ変われるかどうかは、必ず生まれ変われると思えば必ずそうなり、どうなるか分からないと思えば分からないものだ」とおっしゃった。これも尊い。
さらに、「疑いながらであっても、念仏を唱えれば極楽浄土に生まれ変われる」ともおっしゃった。これもまた尊い。
コメント
鎌倉仏教の一つである浄土宗の開祖、法然上人に関するエピソードです。兼好法師から法然上人に関するコメントが出るとは、兼好法師の時代には十分に法然上人の教えが広まっていたのだと感じられて感慨深いですね。
鎌倉仏教の特徴は一般庶民にも広まったことですが、浄土宗の特徴は「念仏を唱えれば極楽浄土に生まれ変われる」という非常にシンプルな教えです。この教えは親鸞による浄土真宗にも受け継がれることになります。兼好法師は複雑さよりもシンプルさを好む傾向がありますので、法然上人の教えのシンプルさに共感したところがあるのではないかと感じました。