第十五段

原文

いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目覚むる心地すれ。

そのわたり、ここかしこ見歩(あり)き。田舎びたる所、山里などは、いと目慣れぬことのみぞ多かる。都へ便り求めて文やる。「そのこと、かのこと、便宜に、忘るな」などいひやるこそをかしけれ。

さやうの所にてこそ、よろづに心づかひせらるれ。持てる調度まで、よきはよく、能ある人、形よき人も、常(つね)よりはをかしとこそ見ゆれ。

寺・社などに、忍びてこもりたるもをかし。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-03-07

行き先がどこであっても、しばらくの間旅に出ることは、目が覚めるような清々しい心地がする。

旅先の周辺をあちこち歩き回る。田舎びた所や山里などは、自身の住んでいる場所では見慣れないものが多い。(自身の住んでいる)都の友人などに対して手紙を送り、「あれこれと、忘れずによろしくやっておいてくれ」など伝えるのは趣がある。

そのような旅先でこそ、あらゆることに細やかな心遣いがなされる。持っている調度品まで、質の良いものはより良く見え、才能のある人や容姿の優れた人も、普段よりは魅力的に見える。

寺や神社などに、人目を忍んで籠もっているのも趣深いものである。

コメント

旅行論とでも言うべき、普段の喧噪を離れて旅に出ることの素晴らしさを語った段です。兼好法師は「旅先でこそ、あらゆることに細やかな心遣いがなされる」と述べていますが、こういった脳の働きは近年の研究で明らかになってきているようです。

こちらの論文(Menon & Uddin (2010))によれば、脳にはリラックスモードである「デフォルトモードネットワーク」と活動モードである「セントラルエグゼクティブネットワーク」があり、両者を切り替えるためのスイッチとして「サリエンスネットワーク」というものがあるとのこと。そして「サリエンスネットワーク」が働いて活動モードである「セントラルエグゼクティブネットワーク」に切り替えるトリガーとなるのが、未知の場所や新しい環境刺激(サリエンス)を検出したときであるとのことが述べられています。

旅行中の絶え間ない新環境の刺激と適応は、「サリエンスネットワーク」の活動を誘発し、「セントラルエグゼクティブネットワーク」への切り替えを促しているのではないかと思われます。私個人としても、旅先ではなぜか集中力が増したり、出張先ではルーチンワークでもモチベーション高く仕事に向かえたりなどという経験が大いにあり、兼好法師の実感とも合致します。

兼好法師は隠者としてのんべんだらりと暮らしていたわけではなく、知的好奇心を持ち、様々な刺激を受け入れ、何かしらの活動に活かす行動派であったことが伺えます。私も隠者を目指していますが、兼好法師のように活動的な隠遁生活を行いたいものです。