第百三十二段

原文

鳥羽の作道(つくりみち)は、鳥羽殿建てられて後の号にはあらず。昔よりの名なり。

元良親王、元日の奏賀の声、はなはだ殊勝にして、大極殿より鳥羽の作道まで聞こえけるよし、李部王の記に侍るとかや。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-10-25)

鳥羽の作道という名は、鳥羽殿が建てられた後につけられた呼び名ではない。昔からの名である。

元良親王が元日に天皇へ祝賀の言葉を奏上したときの声は、たいへん立派で、大極殿から鳥羽の作道まで聞こえたということが、李部王の記(醍醐天皇の皇子重明親王の日記)に書かれているそうだ。

李部王の記は鳥羽殿が造営される前に書かれたものなので、これが鳥羽の作道という名が鳥羽殿より古いことの証拠になる。

コメント

鳥羽の作道という名前が昔から呼ばれていたことを示す、兼好法師の覚え書きですね。