第十一段

原文

神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に尋ね入ること侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。

木の葉に埋(うづ)もるる、懸樋(かけひ)のしづくならでは、つゆ音なふものなし。閼伽棚(あかだな)に、菊・紅葉(もみぢ)など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。

「かくてもあられけるよ」と、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、まはりを厳しく囲(かこ)ひたりしこそ、すこしことさめて、「この木、無からましかば」と思えしか。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-02-27

十月(神無月)のころ、栗栖野(くるすの)という所を通り過ぎて、ある山里を訪ねた際、はるか続く苔の細道を踏み分けていくと、心細げに建っている庵があった。

木の葉に埋もれている懸樋(かけひ)から滴る水の音以外には、音を立てるものは何もない。仏への供え物を置く棚(閼伽棚)に、菊や紅葉などが無造作に折って置いてあるのは、やはりここに住む人がいるからであろう。

「このような所でも暮らしていけるものなのだな」としみじみ眺めていると、向こう側の庭に大きな柑子(こうじ)の木があり、枝もたわむほど実がなっていた。ただ、その周りを厳重に柵で囲ってあったのが少し興を削がれる思いで、「この木さえなければよかったのに」と感じられた。

コメント

第十段に引き続き、住居に関する内容が書かれています。

兼好法師が山里を訪ねると、まさに第十段で語られたような、自然と一体化したような住居に出くわす。

その住居をしみじみと眺めていると、柑子(ミカンの仲間のようですがそうではないようです)の木が目に入り、その木は他人に実を取られないように厳重に柵で囲ってあり、それを見た兼好法師は「おいおい、そりゃないだろう」とばかりにがっくりくる。というような内容です。

兼好法師ががっくり来たのは第十段に書かれているとおり、人工的なものを嫌ったからだと思われますが、単に人工的であることを超えて「この木の実は私のものだ」とでも言いたげな住人の欲深いエゴが嫌でも感じられてしまうことを兼好法師は嫌ったのでしょう。

何事も、自身の自分勝手な想いを主張しすぎてはならないという戒めなのだと思います。