第百五段
原文
北の屋かげに消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅(ながえ)も、霜いたくきらめきて、有明の月さやかなれども、くまなくはあらぬに、人離れなる御堂の廊(らう)に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女と長押(なげし)に尻かけて、物語するさまこそ、何事にかあらん、尽きすまじけれ。
かぶし・形など、いとよしと見えて、えもいはぬ匂ひの、さと香りたるこそをかしけれ。けはひなど、はつれはつれ聞こえたるもゆかし。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-16)
北の建物の日陰にまだ解けずに残っている雪がひどく凍っていた。そこに寄せて停めてある牛車の轅(ながえ、車の前方に突き出た二本の長い棒)にも霜がきらめいていて、有明の月(夜明け近くまで空に残っている月)は澄んでいるけれども、辺り一面を照らしているわけではない。人気のない御堂の渡り廊下で、並々の身分ではないと見える男が、女と長押(なげし、鴨居の上に渡した横木)に腰掛けて、物語をしている様子が見える。何について話しているのであろうか、尽きることはなさそうだ。
物腰や姿などがたいそう美しく見えて、何とも言えない良い匂いがふっと香ってくるのは趣がある。話し声の気配などが途切れ途切れに聞こえてくるのも心惹かれる。
コメント
前段に引き続き、上流階級の男女の恋愛の様子について書いた段です。いつの世も恋愛の様子は絵になるものです。
兼好法師は歌の世界で身を立てたいと考えていたようなので、こういった様子を書き留めておいてインスピレーションを得ようとした部分もあるのではないか、と想像しました。