第百三段
原文
大覚寺殿にて、近習の人ども、なぞなぞを作りて解かれけるところへ、医師忠守(くすしただもり)参りたりけるに、侍従大納言公明卿(きんあきらのきやう)、「わが朝の者とも見えぬ忠守かな」と、なぞなぞにせられにけるを、「唐瓶子(からへいじ)」と解きて、笑ひ合はれければ、腹立ちてまかり出でにけり。
現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-12)
大覚寺殿(後宇多院の御所)で、近習の人々がなぞなぞを作って解き合っていたところへ、医師の忠守が来られたので、侍従大納言公明卿(きんあきらのきょう)が「わが朝の者とも見えぬ忠守かな(=わが国の人間とも思えない忠守だなあ)」と言ってこれをなぞなぞの題にされたのを、「唐瓶子(からへいじ)」と解いたので、一同で笑い合ったところ、忠守は腹を立てて退出してしまった。
コメント
一種の笑い話なのでしょうか。しかしながらちょっと意味が分かりませんね。
意味を調べてみると、忠守は中国からの帰化人(丹波氏)の子孫で、答えの「唐瓶子(からへいじ)」は中国風の瓶子(酒器)を意味すると同時に、「瓶子(へいじ)」の音が、後に滅亡することになる「平氏」を連想させる掛詞にもなっており、忠守の出自と「没落した平氏」を重ねてからかった二重の洒落だったということです。
漫才などでも見られることですが、笑いというものは一定の常識の共通認識があった上で、その常識をいかに逸脱するかということがポイントになります。そういう意味では徒然草の滑稽話は時代背景が変わってしまったこともあって伝わりづらいことが多いですね。