第百二段

原文

尹大納言光忠入道、追儺(ついな)の上卿(しやうけい)を勤められけるに、洞院右大臣殿に次第を申し請けられければ、「又五郎男を師とするより外の才覚候はじ」とぞのたまひける。かの又五郎は、老いたる衛士(ゑじ)の、よく公事(くじ)になれたる者にてぞありける。

近衛殿、着陣し給ひける時、軾(しき・ひざつき)を忘れて、外記を召されければ、火焚きて候ひけるが、「まづ、軾を召さるべくや候らん」と忍びやかにつぶやきける。いとをかしかりけり。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-09-11

尹大納言光忠入道(いんのだいなごん・みつただにゅうどう、検非違使別当を兼ねた大納言、藤原光忠。出家して入道と号した)が、追儺(ついな、大晦日に鬼を追い払う宮中の儀式)の上卿(しょうけい、儀式を取り仕切る公卿)を勤められた際、洞院右大臣殿(とういんのうだいじんどの、洞院家出身の右大臣)に儀式の次第(しだい、進行手順)を尋ねられたところ、「又五郎という男を師とする以外に、良い方法はございますまい」とおっしゃった。その又五郎は、年老いた衛士(えじ、宮中警護の下級役人)で、宮中の行事によく通じた者であった。

近衛殿(このえどの、近衛家出身の方)が、着陣(ちゃくじん、陣座に着席すること)なさった時、軾(しき・ひざつき、着席の際に用いる敷物)を忘れて、外記(げき、太政官の書記官)をお呼びになろうとしたところ、火を焚いて控えていた者が、「まず、軾をお召しになるべきではございませんか」と、忍びやかにつぶやいた。実に趣深いことであった。

コメント

二つの小逸話からなる段ですね。前半は、儀式を取り仕切るべき尹大納言光忠入道自身が作法を知らず、老いた衛士・又五郎を師と頼るしかないという話。後半は、近衛殿が軾を忘れたまま外記を呼んだその矢先に、呼ばれてもいない火焚きの下人が「まず軾をお召しになるべきでは」と先回りして指摘してしまう、という話です。後半は単に身分と知識のずれというより、正規の手順(外記への相談)が働く前に場違いな立場の者に機先を制されてしまう間の悪さ・不意打ちの滑稽さが主眼だと思います。前段の康綱の機転が「いみじかりけり」と真剣に称えられたのに対し、こちらは「いとをかしかりけり」と結ばれており、兼好がこの間の悪さを微笑ましく眺めていることが伝わってきます。