光文社文庫:りら荘事件
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鮎川哲也の代表作
東西ミステリーベスト100、東の33位「りら荘事件」を読みました。鮎川哲也といえば「黒いトランク」も既読ですが、本格ミステリの書き手としての代表作はむしろこちらだという評も多く、楽しみにしていました。
山の中にある学生寮「りら荘」を舞台に、次々と学生たちが命を落としていく本格ミステリです。 読んでいて率直に面白かったです。1968年に書かれたとは思えませんでした。
以下、ネタバレありの感想を書いていきます。
【以降ネタバレあり】
あらすじ
舞台は日本芸術大学の学生たちが休暇中に集う学生寮「りら荘」。芸術家気質で一癖も二癖もある学生たちが顔を揃えたところから、不穏な空気を漂わせつつ物語が始まります。
そしてほどなく、学生たちが一人また一人と不可解な死を遂げていきます。現場には決まってトランプのカードが残されており、それがまるで「次は誰の番か」を予告するかのよう。 刑事が捜査に当たるものの決め手はつかめず、次々と犠牲者が増えていくなか、最終盤になって名探偵・星影竜三が登場し、事件の全貌に決着をつけます。
フーダニット(誰が)・ハウダニット(どうやって)に加えてホワイダニット(なぜ)の要素も絡む、謎解きの密度が濃い作品です。
良いと思ったポイント
スリリングな展開
とにかく登場人物がどんどん死んでいくので、ページをめくる手が止まりませんでした。1968年の作品とは思えないテンポの良さです。
複数犯人という趣向
メインの犯人は尼リリスですが、その尼リリスも最後には殺されてしまいます。 尼リリスが犯人でありつつも、その犯人が第二の犯人に殺されるという、共犯ではなく一連の事件の中に複数の犯人が居るという趣向。
これは類型があるのでしょうか?私としてはこういった趣向の本格ミステリは初めて読んだので、そういうのもアリなのか、と驚いたと共に、それを1968年にやっていることに感慨を覚えました。
真相が単独犯ではなく複数の犯人によるものだったという構成は、本格ミステリとしての捻りが効いていて良かったと思います。しかしこれを看破することは容易ではないですね。
探偵役と思われた二条の死という意外性
物語中盤で登場し、てっきり探偵役を務めるのだろうと思っていた二条があっさり死んだのには驚きました。それなりにキャラが立っていたように思いますが、あっさり殺してしまうところに作者の大胆さというか、キャラの使い方の贅沢さが感じられます。 「探偵と目されている人物が被害者になる」という展開は、今読んでも十分に斬新だと思います。
ただ、りら荘事件は「星影竜三シリーズの一つである」という触れ込みもあるようなので、その知識を持っている方は二条が探偵ではないと分かってしまいますね。 私も「星影竜三もの」という知識だけはあったのですが、二条があまりにもキャラ立ちしていたので、きっとこれは作者が作り込んだ探偵役キャラなのだろう、星影竜三が出てくるとしても二条も探偵役として謎解きに加わるか、もしくは誤った推理をするピエロ役だろう、と考えていました。
ということでさすがにこんなにあっさり死んでしまうとは予想しておらず、素直に驚きました。今思うと、作者の仕掛けた罠にまんまとハマってしまったわけですね。
トランプ予告トリックは「型」の元祖と言えそう
トランプのカードで「この殺人は〇番目のものである」と宣言し、殺害順序の誤認、また事故死を殺人であると誤認を誘うトリックは、現代の本格ミステリでもよく見る類型なのですぐに察しがついてしまいました。 逆に言えば本作こそがそうした類型の元祖の一つなのだろうと思います。
他の読者の感想を見ると「すんなり騙された」という声がちらほらあり、初読の年代や読書経験によって効き方が変わるトリックなのかもしれません。 私は類型を色々と経験していることもあり、すぐに「これは順序の誤認があるな」と分かってしまいましたね。 よって川での殺人と屋内での毒殺、この順序が逆なのではないかという推理は進めることができました。勿論、犯行の全貌は分かりませんでしたが…
微妙だと思ったポイント
ヒ素トリックのアンフェアさ
トリックの一つとして使われるヒ素。 これはヒ素を継続的に摂取し続けていると身体に抗体ができ、飲んでも問題がなくなるというもので、犯人はこの性質を使って堂々と被害者と一緒に毒の入ったコーヒーを飲み、殺人を遂げると共に自身は犯人の対象から外れるという荒業を行います。
しかしながらそのような専門的な知識は一般の読者が普通は持ち合わせていません。ヴァンダインの二十則やノックスの十戒にある「読者に公平な手がかりを与えるべき」という本格ミステリの作法から見ると、ややアンフェアに感じました。
またヒ素は現代では明確に発がん性物質とされており、継続的に摂取することは慢性中毒を引き起こします。長期的に見れば明確に健康を損ないます。 あまり小説の中で登場させるべき内容ではないのではないかと思います。
※書いてから、そんなことを言い出したら殺人事件を扱った小説の存在意義自体が危うくなるとは思いましたが…
星影竜三の登場が唐突
本物の探偵である星影竜三の登場は、かなり唐突に感じました。もう少し早い段階で存在感を示す伏線があってもよかったのではないかと思います。
物語の後半になっていきなり登場し、全ての謎を解いて帰っていくというのは、どうも唐突過ぎます。 あと、星影竜三のキャラがどうも立っていない。探偵のキャラ造形を「かっこいい大人の男性」みたいな感じにしようとすると言動がどうも普通になってしまうのかもしれませんが。
これなら二条の方がキャラが立っていて良かったなぁと思ったりしました。
刑事が頼りなさすぎてリアリティに欠ける
事件発生中もほぼずっと現場に張り付いている刑事がいるにもかかわらず、その間にもどんどん人が死んでいきます。 捜査に当たっているはずの刑事がこれほど頼りないというのは、さすがにリアリティに欠けると感じました。一時は「この刑事こそが犯人なのでは」と疑ったほどです。 他の感想を見てみても、似たようなことを考えた方は多いようですね。
結論
次々と人が死んでいくサスペンス的な牽引力で最後まで一気に読ませる作品でした。
戦後の推理小説界で松本清張を旗手とした社会派推理小説が主流になる中、ひとり本格ミステリにこだわって筆を執り続けた鮎川哲也の本領を存分に感じることができました。
トリックのフェアネスや探偵登場のタイミングなど気になる点はあったものの、「本格ミステリでありながらエンタメとして純粋に面白い」という点で、東西ミステリーベスト100に選ばれるのも納得の一冊でした。