序段

原文

つれづれなるままに、日暮らし、硯に向ひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ、ものぐるほしけれ。

現代語訳(訳:きよしち - 2026-02-04

なにもすることがないままに、一日中硯に向かって、心に浮かぶ様々なことを雑然と書いていると、私は一体何をしているんだろうという気分になる。

コメント

言わずと知れた徒然草の序段。「あやしうこそものぐるほしけれ」の訳については、「気が狂ったようになる」「きちがいじみた感覚になる」といった訳を見かけますが、冷静かつどこか一歩引いて何事も客観視する視点を持つ兼好法師のキャラクターからして、平静を失うような気持ちになることは無いと思いますし、また自分の感情を「気が狂ったような」ものであると表現するとは考えづらいと私は思います。なんというか、「こんなことをして何になるというのか」「こんなことぐらいしかすることが無いというのも粋ではないか」このような、自分自身がやっていることに対する皮肉めいた感情を表した言葉ではないかなと私は考えます。正解は誰も分かりません。古の賢人の思考に想いを馳せることができるのも、古典鑑賞の良いところだと思います。