加藤一二三九段の訃報から思うこと:訃報と死生観
名棋士の死
2026年1月22日、加藤一二三九段が永眠されました。
長年のご活躍、本当にありがとうございました。 心よりご冥福をお祈りいたします。
加藤先生は私のような将棋ファンにとっては非常に身近な存在であり、記録に残る様々な名棋士との棋譜やエピソードはファンの誰もが知るところだと思います。
私にとっての加藤先生の棋譜
私は大学時代の多くの時間を将棋に費やしてきました。 いわゆる「振り飛車党」だった私にとって、加藤先生が残された棋譜は特別な存在です。
振り飛車という戦法は、基本的にはカウンター狙いです。 相手に攻めてもらい、その反動を利用して技をかける。 言葉にするのは簡単ですが、実戦において相手の攻めを呼び込み、反転攻勢に出るタイミングを掴むのは至難の業です。
特に私が熱中していた2010年代は、堅陣に囲うことを優先してなかなか攻めてこない戦法である「居飛車穴熊」が流行しており、プロの公式戦でも真っ向勝負の「急戦」の棋譜が減りつつありました。
そんな時代にあっても、加藤先生だけは果敢に振り飛車に対して急戦を仕掛けてこられました。 その中で、加藤先生は勝つこともあれば、負けることもある。 加藤先生が負けるということは、その分振り飛車が勝つ棋譜が残ったということです。
加藤先生がいたからこそ、私はその棋譜を並べ、「急戦にはこうやって勝てば良い」という生きた手本を学ぶことができました。 当時は将棋AIも現在ほど発達しておらず、プロの実戦譜こそが何よりの教科書だったのです。
勝局も敗局も含め、先生が残された数々の棋譜は、私のような振り飛車党にとっての一つの希望であったと思います。
訃報の身近さについて思うこと
加藤先生は86歳で旅立たれました。 一方で私はまだ30代です。
私にとって加藤先生は盤上で何度もその考えに触れた方であり、非常に身近な方でした。
最近では久米宏さんや長嶋茂雄さんの訃報にも接しましたが、正直なところ、彼らが活躍された時代と私が生きた時代にはズレがあり、どこか歴史上の出来事のように感じる自分がいます。 そういった方の訃報には正直、あまり心を動かされることがありません。
しかしながら、これから私が40代、50代と歳を重ねるにつれ、この感覚は変わっていくはずです。 ダウンタウンやMr.Childrenといった、私の青春そのものを彩った方々にも、いつか終わりの時は訪れます。 それはおそらく、私自身の最期よりも早いでしょう。
そのような方々の訃報は、単なる寂しい知らせではなくなる気がします。 「次は自分の番だぞ」 そう語りかけてくる、人生の終わりの予告のように聞こえるのではないでしょうか。
日々流れる訃報には、私たちに死を身近に感じさせ、静かに準備を促す役割があるのかもしれません。 偉大な棋士の死に触れ、そんなことをふと考えました。