トップのための資料作成に、なぜ私たちは1ヶ月を費やすのか
資料作成に費やす1ヶ月
今、稟議申請のための資料を連日書き続けています。
「資料」というものは正解の無い成果物であり、これを書き上げ、かつ上位者からの細かなフィードバックに逐一対応するのは本当に大変です。 私は一応、様々な資料を作ってきた経験があるのでそこまで大きな苦心をするわけではありませんが、それでも稟議申請の資料を書くとなると大変です。 1-2か月の猶予をもって徐々に構成し、上位者のフィードバックを適宜受けながら仕上げていかないととても完成させることはできません。
なぜ資料の完璧さを求めるのか
本来、稟議とは何でしょうか。
それは会社のリソース、つまりヒト・モノ・カネを動かすために、決定権を持つトップの理解と承認を得るプロセスであるはずです。 目的は「トップに実情を腹落ちしてもらうこと」であり、「精緻な資料を献上すること」ではないと思います。
しかし現実は、トップを納得させるための「完璧な資料」を作ることが半ば目的化しているように思います。 少なくとも現場レベルの社員にとっては、「稟議申請とは上位者が納得する資料を作る作業である」といった認識があります。
現場の疲弊
現場は通常業務を遂行している中、時間を作って稟議書を書いています。 トップのために「てにをは」の修正や体裁の調整に膨大なエネルギーを注ぎ、通常業務が徐々に回らなくなっていきます。
これでは、承認を得る前に、起案者の心が折れてしまいかねないと思います。
トップが資料が求めない文化を作りたい
トップが、完璧な書類を待って判を押すのではなく、現場の生の声を聞きに行く。 資料はあくまで補助線とし、対話を通じて意思決定を行う。 そうすれば、私たちは資料作成という「作業」ではなく、事業そのものの「創造」に時間を使えるはずではないでしょうか。
労働力が貴重なリソースになるであろうこれからの時代、「社内資料の作成」に無駄な時間を使っている余裕は無いと思っています。 どこをどうすれば、この文化を変えることができるのか、考えていきたいですね。