墓問題
私の母の実家は、母の父、つまり私の母方の祖父が家じまいをしたので土地も家も無くなりました。 しかし墓だけは残してくれとのことで、今も正月とお盆には母の実家の墓に兄弟そろって参るようにしています。
この墓は私の地元からそこまで遠くもないのである程度の間隔でお参りすることはできているのですが、将来的に墓の管理をどうするのかが議論の種です。 母の親族にまだ母の地元に残っている方がいて、現状はその方に墓を守って頂いているのですが、その方ももうご高齢です。
先日、いとこ達で集まって墓の管理について話し合いました。現在いとこたちを含めた次世代の者たちは母の実家近くには住んでおらず管理しきれないので、最終的には墓じまいをするしかないのかなと思っています。 実際、母の実家の墓地のある区画には、墓じまいした墓石の残骸のようなものがたくさんあります。
墓を作ったときには、「〇〇家の墓は今後数百年はこれでよし。子孫は墓の心配をすることがない。」というような想いで建てたのでしょうが、私の母の実家の墓のように時代の変化と共に逆に墓が子孫の足枷になっている例が多くなっているのではないかと思います。 祖父は墓を子孫の足枷にはしたくないと考えるタイプだと思いますので、私たちいとこは墓に囚われずに生きようという話をしたところです。
ただ、視点を逆にして考えると、墓とは子孫をその土地に留めておくための足枷なのかもしれない、と思ったりもします。 人は自由を求める一方で、何らかの縛りがあるほうが気楽になる側面もある。 墓を守りながら生きていく人生も、1つの生き方として悪くないとも一方では考えます。